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学習指導要領総則にある「主体的で対話的で深い学び」の主語は、「子ども」である。だが現状の授業は、「教師が仕切る授業」が多い。それは、年間多くの授業を観る中で感じとっているからだ。多くの授業は、昔も今も変わらない。これからも変わりそうもない。残念だが「教師が真ん中にいる授業」が続きそうだ。それを変えていくのが「教えない授業」だ。
教えない授業とは、「セルフ授業」や「教師が話さない授業」のことである。教師が1単位時間の学習にできるだけ関与せず、児童・生徒に授業を委ねる。児童・生徒側から見ると、教師を頼らず自分たちで進める授業のことだ。教師の一方通行型や一問一答型の授業ではなく、子ども同士がアクティブに交流する授業である。その中で教師ぬきの授業を「セルフ授業(教えない授業・子どもが主体的な授業)」と称している。
教師が関与しない授業「教えない授業」を初めて観る教師の多くは、誰もが驚く。同時に授業の質は?教科の見方・考え方は育つのか?と質問をされる。その際、「教師が教える授業(教え過ぎる授業)より子ども達の学ぶ意欲は高く、教科のねらいも達成できている」と言い切っている。
1 教師主体型と子どもが主体的な学習の「対話」の比較
(1) 一問一答の従来型の授業
T このテープを見てください。2.3mのテープを一人に0.3mずつ配ります。
何人に配れ、何m余るかなあ。
T 式はどのようになりますか。
C 2.3÷0.3だと思います。
T 昨日の学習とどこが違いますか。
T 余りはどのくらいの大きさになりますか。
C 20cmだと思います。
C 2mです。
C 0.3mよりは短いです。
T 昨日のやり方と計算は同じでよいですか。
そのことを考えながら、余りの大きさについて説明ができるとよいですね。
この会話を聞いていても、教師が5回、子どもが4回話している。一問一答に近い授業だ。こうした授業は、教科教育の研究会でも見受けられる。これでは授業が変わらない。子ども達の主体的な学習ではないからだ。
(2) セルフ授業(教えない授業) *R=学習リーダー(児童・生徒)
R (学習リーダー)「今日は先生がいません。セルフ授業です。」
R 「昨日の学習の振り返りを前後のペアで立って確認をしてください。」
C (立ったまま「昨日の授業では・・・・)
R 「黒板の学習課題をノートに写してください。
書いた人から3回話すぶつぶつタイムです。」
C (ノートに学習課題を書く。課題を立って3回ぶつぶつ。)
R 「今日の学習の教科用語(キーワード)をペアで作成して発表をください。」
C 「キーワードは〇〇です。」
R 「今日はこの3点をキーワードにしますから、これを使い自力解決や班学習やまとめで
使ってください。」
R 「では、自力解決です。3分間考えてください。」
C 「待ってください。今日は難しい課題ですので、自力解決はしないで班で話しながら
解決したいです。」
R 「分かりました。今日は、班学習から入りましょう。それが終わり次第、自力解決に
入ります。」
子ども達が主体的に活動する様子がよく分かる。教師がいなくても十分に学習ができている。この会話からセルフ授業(子どもが主体)の良さが分かるはずだ。
2 変わらない授業スタイル
学習指導要領が変わっても教師が話す知識注入型の授業が多く、まったく変わらない授業スタイル(教師主体)を見受ける。教科の見方・考え方の育成だけが重要と思い込み、過去と変わらない教科教育を進めているからだろう。教師の経験値の域から抜け出せない授業、一斉授業しか見たことがない教師の姿勢も課題だ。
こうした教師の姿勢では、子ども達を学びから遠ざける。子どもの主体性は育ちにくいし、教科の付けるべき力もつかない。教師に一日の大半を「分かる子と先生だけになりがちな授業の中でじっと過ごす子どもの気持ち」を汲み取って欲しい。
このような授業を変えるためには、教師が子どもに主体的な学び方を身に付けさせることの重要性に気付くことだ。それには、教師だけの研修ではなく子ども達を巻き込む校内研修にするとよい。なお、教師を指導する側も学び方を学ぶ必要がある。学習指導要領のめざす「主体的・対話的で深い学び」の具体策を助言して欲しい。
3 セルフ授業(教えない授業)の意義
指導校の子ども達は、クラス担任や教科の担当が変わっても、主体的・対話的で深い学び方(アクティブ・ラーニング)を学んできている。だから学び方の土台ができている。そのため教師を頼る依存度が低くなっている。これが、セルフ授業へとつながっている。
セルフ授業を進めることで学習の苦手な子どもも学習に参加するようになる。子ども達が仲間で教え教えられたりすることができるからだ。教師がいないセルフ授業でもノートやタブレットを使い自分の考えを書いている。教師側も「子どもを信じ、授業を子どもに委ねる」という姿勢がある。セルフ授業により、これまでの授業の常識であった教師が教えるという構図が覆り、子ども達だけで主体的に学ぶようになる。
4 セルフ授業(教えない授業)の初期
セルフ授業を始めたきっかけは、2つある。まず、学級全体の大人数で「考察」(練り上げ)に入ることに課題があることに気付いた。また、全体で学びの結論を出すことでよいのかという疑問があった。学びの中で「発表する子どもはいつも同じ」、「分かる子どもだけで結論付けている」、「教師も、挙手した子どもの考えでまとめていく」というこれまでの授業の常識でよいかを考え直してみた。
そこで、まずは学級を2分割にして人数を減らして中人数で考えを深め合うようにした。つぎに高知県の複式学級の学び方を参考にした。子ども達は、複式学級で自分たち自身が進めている授業に慣れている。この方法を活かした学び方を開発した。
なお、私が指導している研究校では、教師が他学級の研究授業を参観するとき、自習体制をとっていたが、複式学級のように子ども達自身で授業を進めるようにしている。この時間をセルフ授業と名付けている。子ども達は、普段の授業でも教師を頼らない授業方法を身に付けているので、教師ぬきのセルフ授業は特別な時間ではない。
5 セルフ授業のゴールは「子どもが主体的に取り組む授業」
昔のような名人芸に近い授業をする教師が授業をする時代はすでに終わっている。授業力が向上した学校は、一人のスーパーティーチャーが活躍するのではなく、全教師が活躍している。教師中心ではなく子ども達が主体的に動く授業、子ども達が創る授業を求められていると自覚しているからだ。子ども達同士で学び合いをし、自由に動き、自分の考えと違うときは相手に質問し、仲間と話し合い、分らない仲間には教える、そんなセルフ授業がすでに全国で実践されている。
教師ではなく「子どもが授業を創る」ためには、子ども自身が学び方を習得することが必要である。子ども達が学び方を身に付けるには、指導者側にも時間や労力もかかる。しかし、子ども達が学び方を身に付ければ自分たちですいすいとセルフ授業を進めていくことができるようになる。
6 授業の4層構造
セルフ授業は、一斉講義型授業から子ども達がたくさん動くアクティブな学び方を取り入れることがカギとなる。そのセルフ授業は、学び方の一つである。4つの授業構造の一部であるので学校全体で確立することが重要である。
次の図は、毎時間、学習する内容は教科により違うが、学び方の指導(学習方法)や全員活躍型学級風土づくり(学級集団)や基本的生活習慣の育成(規律・態度)等は重なっている。教科はちがっても重なる面の学習スタンダードによる授業、学級力の向上、生徒指導の工夫等は同じだ。全指導者が強く意識することが大切である。
7 セルフ授業(教えない授業)の手順(佐喜浜小学校の例)
「スタンダード授業」は、以下の4つの学びの階段がある。まずは「問いから振り返り」までの授業の流れを追う「初期スタンダード」。次に子ども主体で進める「進化型スタンダード」。その次の「T-サイレントレッスン」。T-サイレントレッスン」とは、「セルフ授業」に進むための階段の踊り場のような位置づけである。「セルフ」への抵抗感をやわらげ、円滑にステップアップしていくために考えた授業形態である。「セルフ授業」がある程
度できるようになれば、子どもたちに学び方が身についていると判断してよい。そして最終的にめざす4つ目の階段へ進む。
(1) 初期型学習スタンダード(学び方の流れを重視)
(2) 進化型学習スタンダード
ゼミナール形式は、キーワードと班員の考えを構造化したものを全体考察で意見集約する方法である。
(3) 未来へのリレー型学習スタンダード
長沢中「複数回班に全員集まり説明、再度班へ戻る」方式 万田小「3人から6人へ行くワールドカフェ」方式
長沢中は、班に全員が集まり説明を聞く。それを参考に再度、班に戻り話し合う。それを数回繰り返す。最後に自力解決ができればよい。
万田小方式は、ひとり学びの時間を極力減らし、3人組からスタートする授業方式である。そして6人学びになってワールドカフェを行い各班で考察を行う。全体会での考察が少ないのが特徴である。
これまでの解決活動は、「自力解決」→「ペアや班の活動での交流」→「班や中グループのゼミナール方式や三色マーカー方式」→「全体での考察」→「まとめ」の流れが基本である。だが、全国の学校と学び方の開発を進めていく中で、解決活動の柔軟化に行き着いた。課題が難しい場合は、「班活動」から入る方法があり、最後に「自力解決」に行くようにしている。班で話し合いながら、自力解決をしていく方法が子ども達には優しい学びであるのは確かだ。解決活動に順番はない。
8 子どもの変化に歓喜
セルフ授業は、始まってしまうと言い訳もごまかしもきかない。その時の子どもの姿、教師の普段の指導力をありのままに見せてくれる鏡のような存在であるからだ。沖縄県のA市の小学校もセルフ授業に全校体制で取り組んでいる。教師から聞いた言葉が心に残った。「セルフ授業は、すぐに子どもたちの変化に現れた。子ども達が活き活きと学習にのめり込むようになった。何よりも衝撃的だったのが、学習に苦手意識を感じている子ども達が、自分から輪に入り、みんなと一緒に授業に参加し、しかも活躍する場面が見られるようになった。これまで、私たち教師は、授業の習得に苦しんでいる子達をどのように参加させ、自信をもたせていくかということに長い時間、努力と工夫を重ねてきたはずである。それが,一瞬で解決した」。この言葉を聞き私も感激した。
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